宮川さんのページはこの歌でしょう〜日本の曲で世界の方からカバー曲とされたのはこれだけでしょうか
左の絵の一番左が「宮川さん」若き日ですね〜イメージがだいぶ違うよね〜ま、誰でも40年まえはね〜
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このウナ・セラ・ディ東京のこのバージョンが好きだね〜雰囲気があっていいですね
宮川 泰(みやがわ ひろし、1931年3月18日 - 2006年3月21日)は日本の作曲家・編曲家。和製ポップスの開拓者の一人であり、1960年代のスター、ザ・ピーナッツの育ての親として数々のヒット曲を輩出し、他歌手にも楽曲を提供するなど、日本ポップス界に大きな足跡を残した。また巨泉・前武のゲバゲバ90分!!、宇宙戦艦ヤマト、ズームイン!!朝!、午後は○○おもいッきりテレビなどテレビ音楽にも多数の作品を提供。ジャズの感覚を生かした軽妙ながらインパクトのある「宮川節」と称される音楽は、時間の短いTV番組のオープニングに重用された。
作曲した作品も多いが、ザ・ピーナッツの恋のフーガなど、ザ・ピーナッツ関連の楽曲をはじめ、編曲(アレンジ)のみ手がけた作品も洋楽を中心に多数存在する。
日本ポップス界の重鎮的存在ながらも、目立ちたがり屋で笑いが大好きな性格から、自らも積極的にTV番組に出演。ピアノを伴奏しながらも、タレントに負けず劣らずの積極性で笑いをとっていた。「シャボン玉ホリデー」の音楽担当時、ハナ肇からクレージーキャッツに誘われ、本人もその気になったが、渡辺プロダクション社長の渡辺晋と妻の美佐に反対されて挫折したエピソードを持つ。「NHK紅白歌合戦」では教え子のザ・ピーナッツ等との共演で派手なパフォーマンスの指揮で出場したが、一部の歌手からは「自分より目立ちすぎ」と嫌な顔をされたことも。1993年から2005年まで蛍の光を指揮した際もその派手なスタイルは変わらなかった。また本人も自覚していたが、歌を唄うのは得意ではなかった。
「マツケンサンバII」で有名になった作曲家・編曲家の宮川彬良(本名:晶)は長男である。

2006年3月21日、虚血性心不全のため自宅にて急逝した。享年75。誕生日3日後の死去だった。なお、通夜では「ウナ・セラ・ディ東京」が演奏された
「歌伝説・ザ・ピーナッツの世界」V3動画特集
作曲
ふりむかないで(ザ・ピーナッツ、Wink、松雪泰子)
恋のバカンス(ザ・ピーナッツ、W)
ジューン・ブライド(ザ・ピーナッツ)
ウナ・セラ・ディ東京(ザ・ピーナッツ、坂本スミ子、西田佐知子、和田弘とマヒナスターズ)
イヤーかなわんわ(トリオこいざんす)
ひとつぶの真珠(弘田三枝子)
淋しいから(中尾ミエ)
明日になれば(ザ・ピーナッツ)
若いってすばらしい(槇みちる、スクールメイツ)
誰もいないとき(江利チエミ)
逢いたくて逢いたくて(園まり)
何も云わないで(園まり)
愛は惜しみなく(園まり)
銀色の道(ザ・ピーナッツ、ダーク・ダックス)
シビレ節(植木等)
お嫁さん(梓みちよ)
涙のかわくまで(西田佐知子)
信じていたい(西田佐知子)
あの人に逢ったら(西田佐知子)
恋のオフェリア(ザ・ピーナッツ)
愛のフィナーレ(ザ・ピーナッツ、菅原洋一)
青空のゆくえ(伊東ゆかり)
ウンジャラゲ(ハナ肇とクレージーキャッツ、志村けん&田代まさしとだいじょうぶだぁファミリー)
アッと驚く為五郎(ハナ肇とクレージーキャッツ)
大発見やァ!(笑福亭仁鶴)
花と涙(森進一)
君をのせて(沢田研二)
宇宙戦艦ヤマト(ささきいさお)
真赤なスカーフ(ささきいさお)
浮気なあいつ(ザ・ピーナッツ)
JRA関西地区ファンファーレ(阪神競馬場(宝塚記念を除く)・京都競馬場・中京競馬場(中京はGI競走<高松宮記念>のみ))
銀河伝説
右向け右(石川ひとみ)
「午後は○○おもいッきりテレビ」テーマ曲(-2007年)
加納さんのいいんじゃないっスか(加納さん〔南原清隆〕)
ハローキティ(ハローキティ〔林原めぐみ〕)
あの子はキティ(ハローキティ〔林原めぐみ〕)
交響組曲宇宙戦艦ヤマト(32C35-7529, Nippon Columbia)(※初出は1977年)
カリキュラマシーンOP曲
ズームイン!!朝!テーマ曲(-2000年)
ズームイン!!SUPERテーマ曲(2001年-)
天気予報の歌(徳光和夫)
ブルースカイ・ブルー(NHK連続テレビ小説「てるてる家族」挿入歌)

[編集] 編曲
恋のフーガ(ザ・ピーナッツ)
ヤマトより愛をこめて(沢田研二)
めぐり逢い紡いで(布施明)
LOVE IS GONE(大塚博堂)
ラブ・シュープリーム-至上の愛-(八神純子)
心を込めて花束を(サザンオールスターズ)
「宇宙戦艦ヤマト」のエピソード
宮川は「宇宙戦艦ヤマト」のプロデューサー・西崎義展から「主題歌は『鉄』をイメージする曲を書いてくれ」という依頼を受け、困惑したと語る。また、西崎からの注文は「バラード調で」ということであったが、宮川はこの曲にふさわしいのは雄壮なイントロであると考えていた。テレビシリーズでは第3話までバラード調の歌い出しが使用され、第4話以降は一般的にも認知されている雄壮なイントロが使用された。
「YAMATO2520」製作にあたってのインタビューで主題歌について語っており、1.「さらば地球よ」で始まるAメロは、ヤマトに改装する前の戦艦大和が海底に沈んでいたイメージでキーを低くした。2.「宇宙の彼方イスカンダルへ」のBメロは、乗組員が隊列を組んで行進しながらヤマトへ乗り込むイメージで軍歌調にした。3.サビから終わりにかけては、ヤマトが地上から宇宙へ飛び立つイメージから次第にキーを高くした。と解説している。
ヒットしてから後、数々の「ヤマト」シリーズが続々製作され、その度に主題歌を新しくアレンジするのがもっと苦痛だった。最後の「ヤマト」完結編となると何度も書き直しをくらい、満身創痍でなんとか完成したという。
「ヤマト!! 新たなる旅立ち」(『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』主題歌)作曲のため歌詞を渡された宮川はその歌詞に「REMEMBER YAMATO」という部分があるのを見て、「今までヤマトの歌はこういう英語が入ることがなかった。作りづらいのでこの部分は直して欲しい」とプロデューサー・西崎義展に要求。ところがいざ作曲を始めてしまうとその「REMEMBER YAMATO」の部分の旋律が先に、しかも自分としては気に入ったものが出来てしまった。あわてて西崎に連絡を取ると、宮川がそう言うと思って作詞家(阿久悠)にはまだ何も話してなかったという(昭和五十年代・ズームイン朝「朝のポエム」にて宮川泰自身の口よりこの曲の想い出として語られた)。
宮川の葬儀において、出棺の際に50人からなる吹奏楽バンドが盛大にヤマトのテーマを奏で故人を送った。これは生前からの本人の希望であった。
こちらに、ピーナッツの育ての親「宮川泰」さんの資料を
宮川さんのチラッと特集も以前のピーナッツ特集で載せてますが、とにかく下の作曲の歌の数々・昔の歌が多いですが、いい曲をつくってますね〜ジャズがメインの方だった・あの前田憲男さん(ジャズピアニスト)などとも親交が深くて宮川さんの追悼番組には出ていましたね〜